エスカレーション先を確認する

ヘルプデスク担当者として、あるいはサポート エンジニアとしてあなたがどれだけ優秀だとしても、すべての問題をあなた一人の力で解決できる訳ではない
より専門的な知識を持っている人の助けが必要な場合もあるだろうし、問題が起きているソフトウェアのベンダーの情報が必要な場合もある。あるいはベンダーが製品サポートを提供していてそれを利用できるなら、問題の調査と解決を丸投げできる場合だってある。
だから対応しなければならない課題について、別の誰か (どこか) にエスカレーションするパスを確認しておくことは、ヘルプデスクやサポートの業務において重要だ。

これは何も技術的な事に限った話ではなく、非技術的な事柄、例えばユーザーが「クレーマー」化してしまった場合の対処や、技術的な対応が業務としての合理的な範囲では困難である場合の対処など、あなた一人の対応や判断では事態を収束できない場合にも、会社としてより上位の権限や権能を持つ人 (や部署) に対処や判断を委ねる必要が出てくる。
だからこうした技術的 / 非技術的なエスカレーション先を常に確認し、適切に機能される事はあなたが仕事としてヘルプデスク業務や IT 担当者、サポート担当者としての業務を進める上での安全弁であり、セーフイーネットでもある。

技術的な面で言えば、あなたが大きな組織の中の一部分についてのヘルプ / サポート担当者であれば、組織全体の IT サービス部門やサポート部門が存在しているだろうし、(本来であれば) そうした部門とあなたのような現場担当者がどのように役割を分担し、どのように連携するのかを決めたルールが存在するはずだ。ルールがあるのならその内容をよく確認し、エスカレーションの方法や手続きを確認しておこう。もし (残念なことに)  ルールが存在しないのなら、そうした部門への (ある意味個人的な) コネクションを作る必要があるかもしれない。もちろん正しいのは「組織の正規の意思決定経路を通じてルールの制定を上申する」事なのだが、そうした意思決定が現実の問題に間に合うかどうかは分からないのだから。
正規のルールに則るにせよ、個人的なコネを活用にするにせよ、組織全体の IT サービス部門やサポート部門にエスカレーションができるようになれば、少なくとも一人では解決できそうにない問題やトラブルを際限なく抱え込む事態は避けられるはずだ。

あなたが組織内でたった一人の (またはごく少人数の同僚だけの) ヘルプ / サポート担当者の場合、上記のような組織内の技術的リソースに頼ることはできない。しかし問題の原因はあなたがスクラッチで作ったソフトウェア ツールであなた以外にそのツールの詳細を知る人が居ない…というのでもない限り、不明点があったりトラブルが起きていたりするシステムやソフトウェアには作成者または専門的な知識を持つ人 (組織) がどこかに居るはずだ。そうした人はエスカレーション先になり得る。
一般的な言い方をすれば、企業で使われているソフトウェアやシステムでは大抵の場合、何らかのサポートが得られるはずだ。市販のソフトウェアであればそのメーカーがサポートを提供しているし、SIer を通じて導入したソフトウェアやシステムであれば、その SIer がサポート窓口になっている場合が多い。「フリー ソフト」やオープンソース ソフトウェアでもコミュニティー ベースのサポートが得られたり、有償のサポートを提供している業者を見つけられる場合がある。こうしたサポートはあなたの問題解決に役立つはずだ。これは組織全体の IT サービス部門やサポート部門がある場合でも同様だ。

しかし「サポートが提供されている」という事と、「あなたがそのサポートを利用できる」という事は別だ。「フリー ランチはない」のと同様、まったく何の見返りも期待されないサポートは無い。コミュニティー ベースのサポートのようにお金を対価として要求されない場合もあるが、それでもコミュニティーへの貢献は常に期待されているのだから。
そこで「どのようなサポートが利用できるのか」「サポートを利用するためにはどうすればいいのか」を確認する事が必要になってくる。

メーカーやベンダーがサポートを提供している場合、サポートの利用条件は大きく別けて二つだ。一つ目は製品の購入で、要するに購入した製品にアフターサービスとして一定の期間や回数分のサポートが含まれているパターンだ。もう一つは有償のサポート契約で、これは製品価格にはサポート サービスは含まれておらず別途必要なサービスを購入してくださいというパターンになる。
こうした条件付きのサポートとは別に、最近ではほとんどのメーカー、ベンダーが無料で利用できる Web 上のサポート情報や Q & A を公開しているが、これは「エスカレーション先」にはならないのでここでは触れない。こうしたサービスからの情報収集については別に記事にしたいと思う。
製品に付属している場合でも別途契約する場合でも、今の時点でそのサービスが利用可能なのか、またそのサービスはどのような範囲で提供されるのかを知っておく事は、いざという場合のエスカレーション先の確保として重要だ。

市販の製品に付属するサービスの場合、大抵は製品自体のドキュメントに記載があるだろうし、メーカーやベンダーの Web サイトにもサービスの利用方法が掲載されている。利用している市販のソフトウェアのそれぞれについて、時間のある時にサポートの利用方法を確認し、エスカレーション先の資料としてまとめておくとあなたにとって便利なだけでなく、あなたの同僚や後継者にとっても有益だ。もちろん資料のメンテナンスは忘れず、またメンテナンスの必要性を後継者に伝えることもお忘れなく。
なお前述のような組織全体の IT サービス部門やサポート部門がある場合、組織として購入した製品に付属しているサポートの権利をそうした部署で一括して管理していて、ユーザーや個々の部署が個別に利用できないようにしている場合がある。全社的な担当部署がある場合は、その点についても確認しておこう。
また「フリー ソフト」やオープンソース ソフトウェアでコミュニティー ベースのサポートが得られる場合 (その多くは Web フォーラムや ML [メーリング リスト] だろう) も、どこでどのようにサポートが得られるのか確認しておく事は有益だ。前述のようにこうしたコミュニティー ベースのサポートの場合、単に質問するだけでなく貢献も期待されているので、質問したい時にフォーラムや ML に参加して質問し、解決したらされっきり無関係というパターンは歓迎されない。できれば (特に業務上重要な役割をそのソフトウェアが果たしているなら) 質問のあるなしにかかわらずコミュニティーへの参加・登録を行い、またもし自分が提供できる情報があれば回答者として投稿するなどしていると、自分が質問者になった際により大きなリターンも期待できるだろう。
もちろんこうしたエスカレーション先の情報 (どこの ML / フォーラムでどのソフトウェアの情報が得られるか) も資料として整理し、メンテナンスしておこう。

契約が必要なサポートの場合、まずそうした契約をしていないのかどうかの確認が必要だ。組織全体の IT を管理する部門があるような企業ではまず間違いなくその部門が契約を管理しており、契約が必要なサポートを利用する際は、その部門を通じて行う事になるだろう。
こうした全社的な管理部門が無い場合、サポート契約の有無が適切に管理されていない場合もある。ソフトウェアやシステムの調達を行った部署 (担当者) は、SIer やベンダーの勧めでサポート契約をしているのに、実際にそれを運用する人にその契約が正しく伝わらず、総務課のキャビネットにサポート契約書が眠っているという場合も実際にある。これを掘り出すのは (場合によっては社内政治的にも) 結構面倒な作業だが、いざという時に使えないのではお金の無駄でしかないし、ヘルプ / サポートを担当するあなた自身にも不幸だ。暇をみつけて少しずつでもよいから確認し、必要な時に利用できる状態にしておこう。

そして最後に、非技術的な問題のエスカレーション先の確保だ。ヘルプデスク / IT サポートの業務遂行上、技術的ではないトラブルや困難な判断に直面した場合、それを一人で抱え込むのはあなたにとっても (精神安定上、という以上に) 危険だし、会社の業務全体の効率を考えても問題だろう。あるいは対処自体は技術的な物であっても予算が必要になる場合、当然あなた一人の意思決定では済まないだろう。こうした問題を誰に (どこの部署に) 相談し、上申し、あるいは起案すれば良いのか、日頃から注意して確認しておこう。
大きな組織でヘルプデスク / IT サポートの専任であれば、その業務の直上の管理職が居るはずで、その管理職がプライマリーなエスカレーション先になるからあまり問題はないだろう。
問題は専任ではない場合だ。その場合、ヘルプデスク / IT サポートの業務は誰の管理下で行われているのか、あいまいになっている事も少なくない。直上の管理職とは別に、さらに上位の管理職 (たとえば部長とか社長とか) から「パソコンの面倒を見てくれ」と言われて対応をしている人も少なからずいるだろう。こうした場合責任の所在があいまいになりがちで、いざ (非技術的な) トラブルが起きた場合、誰がどう仕切るのか考えられていない事が多い。そうなると一番大変な目にあうのは担当者であるあなただ。
そうした事態を回避するためにも、ヘルプデスク / IT サポートの業務について誰が管理者であり、だれが最終責任者なのか、言い方は悪いけれど言質を取るよう心がけよう。もちろん正規の職制や業務規則に盛り込むチャンスがあるなら、ぜひそうするべきだ。最近は「コンプライアンス」という言葉が流行っていて、経営者や管理職はこの言葉に弱いようだから、「情報管理に密接にかかわる IT 関係の業務の責任体制がはっきりしないのはコンプライアンスにもとる」と説得すると良いかもしれない。

こうした準備や確認をして、使える物はずの物は実際に使える状態に常にメンテナンスしていく事は、企業内・組織内のヘルプ / サポート担当者に必要な仕事だ。

コメントを残す